一言で言うと: 指標も基準も代替案もないまま、あいまいな不安だけを口にすること。説明責任を伴わない、演じられた不安。
別名・関連用語: コンサーン・トローリング(近い概念、ただしこちらは最初から悪意があることを前提とする)、留保付きの異論、責任を伴わない「一応懸念だけ」。
これは何か
確かめようのない心配。
この人物は、何かが引っかかる、危うい、気になると表現しますが、それを具体的で確認可能な主張へと変換することは決してありません。名指しされた指標もなければ、それが解消される基準もなく、提案される代替案もありません。これによって、勤勉で慎重な人物という印象を保てるだけでなく、後で実際に問題が起きた場合には、先見の明があったようにさえ見えます(「私はちゃんと懸念を伝えていました」)。しかもその間、間違っている可能性のある、議論の対象になりうる、行動に結びつけられうるような、反証可能な立場を取るリスクは一切負っていません。
この手口が後になって報われる仕組みは、後知恵バイアスです。バルーク・フィッシュホフによる1975年の研究「後知恵は先見の明と等しくない」は、結果がわかった後になると、人はそれが事前にどれほど予測可能だったかを体系的に過大評価し、以前のあいまいな発言を、実際よりも具体的で先見の明があったものとして誤って記憶してしまうことを発見しました。当時は「なんとなくしっくりこない」という漠然とした気分でしかなかった発言が、実際にプロジェクトが遅延した後になると、無視された警告として読み直されてしまうのです。もともとの発言を無コストにしていたあいまいさこそが、それを後から起きたことに合わせて引き伸ばすことを可能にしているのです。
職場でどう現れるか
3月のプランニングレビューでは、こう言います。「スケジュールについて少し気になっていて、なんというか、しっくりこない感じがあります」。具体的にどのマイルストーンなのか、どのくらいの差なのか、何が変わればよいのかと問われても、答えは「感覚」のレベルにとどまり続けます。そして6月の事後検証では、その発言がまったく名指ししていなかった理由でプロジェクトが実際に遅延した後で、こう言います。「失礼ながら、私は3月の時点でこれを指摘していました。議事録にも残っています」。
問い詰められたときの実際の展開
この手口は、数週間離れた二つの瞬間にまたがっており、二つ目が機能するのは、まさに一つ目がどう言葉にされたかのおかげです。
- 先に払われる保険料。 何か失敗が起きるよりも何週間も前に、会議であいまいな懸念が提起されます。指標も、基準も、代替案も伴っていません。それについて確認したり反証したりできることは何もなく、だからこそ異議を唱えることもできません。
- 出来事。 プロジェクトが遅延します。そのあいまいな懸念が実際には一度も具体的に指摘していなかった理由で。
- 請求される。 事後検証で、そのあいまいな気分は、後知恵によって具体的な予測へと格上げされます。「3月にこれを提起していました。議事録にも残っています」。これは印象操作/物語の書き換えが記録の演出と連携して働いている姿です。本物の議事録が、実際に書かれていた以上のことを語っているかのように読み直されるのです。
- 結末。 責任は「その懸念に対して行動しなかった」人物のほうへと漂っていきます。その懸念はそもそも行動できるほど具体的ではなかったため、その責任はほとんどどこにでも着地しえます。時には、今まさにこのパターンを問い詰めている当人にさえ。この着地先はスケープゴート化が詳しく説明しています。
なぜそうするのか
あいまいな懸念は反証しようがなく、提起した時点では何のコストもかかりません。具体的な懸念は、その場で確認され、議論され、場合によっては否定されうるものです。その見返りは後になってからしか現れず、それも後知恵バイアスのおかげにすぎません。フィッシュホフの研究は、その場にいた人々が、あいまいなバージョンを、実際の結果を予測していたものとして誤って記憶し、当時は一度も示されていなかった先見の明を、後から本人の手柄にしてしまうことを示しています。
自分を守るには
本物の懸念は、具体的に聞かれても揺らぎません。
- すぐに具体的な内容を求めましょう。「具体的に何がですか。何が解消されれば懸念はなくなりますか。数字ですか、日付ですか、名前ですか?」。
- 具体的な内容が出てこないなら、その旨をはっきり伝えて話を前に進め、あいまいな不安のせいで決定がいつまでも滞る状態にしないようにしましょう。
- 具体化を求めたことを書面で残し、その懸念に本気で向き合おうとした事実がわかるようにしておきましょう。これが、ステージ3の書き換えられた歴史がそのまま定着するのを防ぎます。
- 本物の、根拠のある慎重さとの違いを見極めましょう。判断材料は、二度尋ねられたときに確認可能な主張へと踏み込むかどうかです。
関連リンク: 印象操作/物語の書き換えと記録の演出は、気分が事後的に警告へと変換される仕組みです。スケープゴート化は、ステージ4で付け替えられた責任が着地しがちな先です。見せかけの中立は、立場ではなく警告のほうを曖昧にする、兄弟にあたる手口です。先回りの無実アピールは、失敗が起きる前ではなく責任が着地する前に買われる、同じ保険の論理です。
出典:
- Baruch Fischhoff, “Hindsight Is Not Equal to Foresight: The Effect of Outcome Knowledge on Judgment Under Uncertainty” (1975), Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, PDF via MIT, この手口の見返りが依存している後知恵バイアスについての、基礎となる研究。
- CHS Alliance, Ten Psychological Tactics for Avoiding Accountability, あいまいで反証不可能な懸念の提起を、説明責任回避の手口の一つとして扱うもの。
- Hall, 2015, An accountability account, 説明責任、具体性、意思決定の質の関係についての研究。
このラベルについて: このサイト独自の呼称です。最初から悪意があることを前提とする「コンサーン・トローリング」とは異なり、こちらはより繊細で、意図的な妨害というより自己防衛的な性質を帯びたパターンを指しています。
- 1漠然とした心配何かがおかしい、危ういと言うだけで、確認できる指標や基準、具体的な根拠は何も示さない。
- 2具体性がない指標や基準、代案を求められても、答えはやはり「なんとなくそう感じる」のままだ。
- 3ノーリスクの評価それでいて後になると、まるで先を見通していたかのように評価される。検証できる形で意見を言うリスクは一度も負わない。
