一言で言うと: 「まだはっきりした意見はありません」、記録に残る発言を一切しないために、バランスの取れた態度を演じること。
別名・関連用語: 戦略的あいまいさ、日和見的な態度、両論併記のポーズ(近い概念)、計算された非表明。
これは何か
日和見な態度を、オープンマインドという体裁で包んでいる。
答えることを拒むのではなく、この人物は決めかねていること自体を美徳のように見せます。「まだ考え中で、思慮深く、バランスを取っている」というふうに。しかし実際には、これは説明責任を問われる、確認可能な立場を一度も打ち出さずに済ませるための方法です。「まだ自分なりの見解ができていません」という言葉はその場で反証しようがないため、直接異を唱えるのがほぼ不可能で、それこそがまさにこの手口の狙いです。
コミュニケーション学者エリック・アイゼンバーグの「組織コミュニケーションにおける戦略としてのあいまいさ」(1984年)は、戦略的あいまいさを、多様な集団をまとめたり、本当に不確実な状況の中で柔軟性を保ったりするのに役立つ、実在する、時には正当な組織運営の道具として記録しています。この手口は、その同じ正当な隠れ蓑を、はるかに狭い目的のために借用します。ある決定が動いていて、誰かを不利にしようとしているまさにその瞬間に、態度を明らかにしないままでいることで、デフォルト、つまりより力を持つ側がすでに望んでいるものが、争いもなく勝つようにするのです。このデフォルトの有利さこそが、ここでの「中立」が実際には決して中立ではない理由でもあります。不作為バイアスについての研究(スプランカ、ミンスク、バロン、1991年)は、人々が、有害な不作為を、同等に有害な作為よりも厳しく判定しないことを示しています。だから、悪い決定が進んでいくあいだ黙っていることは、それを積極的に支持することよりも、目に見えるコストが低いのです。たとえ結果への影響が同じであっても。
職場でどう現れるか
リーダーシップミーティングの場で、ある同僚を不利にすることになる決定を支持するかどうかを直接尋ねられて、彼女は落ち着いてこう答えます。「正直に言うと、まだこの件について意見する立場ではないと思います」。その前の火曜日のランチでは、自分が強く感じていることについて話すときといつも同じ調子で、その計画を「擁護のしようがない」と言い切っていたのに。
どのように機能するのか
- 直接の問いかけ。 ある決定が動いていて、それは誰かを不利にすることになり、まさにそれが重要な意味を持つその瞬間に、本人は自分の立場を尋ねられます。
- 演じられたバランス。 「どちらの言い分もわかります、まだ強い意見を持てる立場ではないと思います」という言葉は、味方がもっとも重要になるまさにその瞬間に、追及する側から必要な味方を奪います。デフォルトは常にすでに力を持っている側に有利に働くため、ここでの「中立」は実際には決して中立ではなく、オープンマインドという体裁をまとった、現状維持への一票なのです。
- 漏れ出す本音。 実際の見解は存在し、自由に出回っていますが、決して引用されうる場所には現れません。それはコーヒーを飲みながら、DMの中で、会議の後の会議の中で表に出てきます。内輪では魅力的・人前では評価を下げるが描くのと同じ構造を、温かさではなく意見に当てはめただけです。
- 結末。 結果がわかり、安全になった時点で、ようやく同調がやってきます。時には本物の熱意すら伴って。それは偶然ではなく、この動きそのものの第二幕であり、安全になってからの「同調」で詳しく記録されています。
なぜそうするのか
中立でいることは安全です。記録に残る立場は安全ではありません。結果がはっきりするまで態度を明らかにしないでいれば、負ける側や倫理的にコストのかかる側についたことは一度もないことになり、それでいて後になって「そうなることは分かっていた」という手柄まで得られるのです。
自分を守るには
選ばないこと自体も、名指しできる一つの選択です。
- 期限を区切った、閉じた質問をしましょう。「わかりました、いつ頃見解がまとまりますか。決定が下される前に聞かせていただけますか、後ではなく」。
- 中立でいること自体が一つの働きかけであることを、声に出して指摘しましょう。「立場を取らないこともここでは影響を及ぼします。それは現状維持を後押しすることになります」。
- 見解を求めたのに得られなかったことを、日時とともに記録しておきましょう。そうすれば、段階3で漏れ出す私的な本音と、矛盾を示せる材料が残ります。
- 演じられた不確かさを、本当のオープンマインドさと取り違えないようにしましょう。公の場の「中立」な立場と矛盾する、私的な場での発言に注意を払います。
関連リンク: 安全になってからの「同調」は、この動きそのものの第二幕で、安全になってから同意する場面です。会議の後の会議と内輪では魅力的・人前では評価を下げるは、本当の意見が実際に息づいている安全な部屋です。解決策の丸投げは、立場ではなく提案を差し控える近い親戚です。当事者意識のない「心配」の演出は、態度ではなく警告をヘッジする近い親戚です。
出典:
- Eric M. Eisenberg, “Ambiguity as Strategy in Organizational Communication” (1984), Communication Monographs, 51(3), 227-242, abstract via Taylor & Francis、戦略的あいまいさを組織コミュニケーションの道具として扱った、基礎的な論考。
- Mark Spranca, Elisa Minsk, and Jonathan Baron, “Omission and Commission in Judgment and Choice” (1991), Journal of Experimental Social Psychology, 27, 76-105, via author’s site、不作為バイアスを確立した研究で、有害な不作為が同等に有害な作為よりも厳しく判定されない理由を示しています。
- CHS Alliance, Ten Psychological Tactics for Avoiding Accountability、戦略的な非表明を、説明責任回避のパターンの一つとしてまとめたもの。
このラベルについて: このサイト独自の呼称です。戦略的あいまいさ(アイゼンバーグ、1984年)や不作為バイアス(スプランカ、ミンスク、バロン、1991年)という、確立した概念に近いものです。
- 1態度を求められる今まさに動いている決定について、直接立場を求められる。
- 2装われた中立まだ意見が固まっていないのだと、思慮深い保留であるかのように装う。
- 3記録に残らない検証しようのない中立を保つことで、間違っていたと判断されうる立場を取ることを、最後まで避け続ける。
